2012年8月31日金曜日

実現論の基礎となる知識について

 実現論では、既存の学者やマスコミを厳しく批判しています。
 それは彼らが古い固定観念に縛られて、新しい変わりつつ現実を対象化出来ていないからです。

 しかし、私たちは専門の研究者ではありません。仕事の傍らでの勉強会ですから、新聞や書物などから入手できる中から、確かと思われる情報を、集めて議論するしかありません。

 私たちは様々な書物から、可能な限り学者の主観を除外して、まず確かな事実を探りました。足りないところは、論理的に補いながら、全体を整合させうるような新しい構造を、切り口を模索してきました。

2012年8月29日水曜日

「利己的な遺伝子」を切開する 2

だとすれば、彼が対象にしているのは、既に無数の同類他者が存在していることを大前提にして、かつその中で彼が注目する遺伝子座の多数の変異遺伝子たちが、一切それ以上は変異を起こさないと仮定した上での(上述した様に、そんな状態は現実には存在しない、頭の中の幻想にすぎないが)、その後のその遺伝子座に存在する多数の変異遺伝子たちに働く淘汰現象だけだと云うことになる。

また、淘汰圧は個体→ゲノム→全遺伝子に対して働くのであって、ある特定の形質に関わる遺伝子群に対してのみ働くなどと云うことは、在り得ない。(例えば、ある種の鳥の尾の長さは、その鳥の筋力をはじめ全形質とのバランスの中で、決められている。)ところが彼は、ある特定の遺伝子座に存在する多数の変異遺伝子たちに働く淘汰現象しか、考えることができない。しかし、それは現実には殆ど在り得ない「淘汰現象」である。

2012年8月27日月曜日

「利己的な遺伝子」を切開する 1

ドーキンスは、まず始めに定義する。「厳密にいうなら、この本には、いくぶん利己的な染色体の大きな小片と、もっと利己的な染色体の小さな小片という題名をつけるべきであったろう」・・・「私は、遺伝子を、何代も続く可能性のある染色体の小さな小片と定義して、この本に『利己的な遺伝子』という表題をつけたのである」・・・「私は自然淘汰の基本単位として、従って利己主義の基本単位として、遺伝子を考えるほうがいいと述べた。私が今おこなったのは、私の主張が必ず正しくなるように遺伝子を定義することである。」
要するに、長期に亙って変異することのない遺伝子を仮定したいと云うことらしい。
そして又、こうも云う。「遺伝子を、少なくとも潜在的に長命・多産性・複製の正確さという特性をもっている最大の単位と定義する。」そして、つい筆をすべらせて、こんなことまで云っている。「遺伝子は・・・・、充分に長い染色体の一片として定義される。」・・・「実際の自然淘汰の単位として最大のものである遺伝子は、ふつうはシストロンと染色体の中間のどこかに位置する大きさであることが分かるであろう」

私は、唖然とした。学者たるものが、DNAの諸構造や諸機能(とりわけ、組換えや修復や免疫の分子的な仕組み)を知らずに、遺伝子について物を云うなどと云うことが、あり得るのだろうか?そんな筈はない。そこで何度も、彼の云わんとする奇妙な「遺伝子」の定義の意味を、捉え直してみた。しかし、どう考えてみても、彼の立論の大前提をなす「遺伝子」など、現実には存在しないのである。

まず第一に、彼が想定するぐらいの長さの遺伝子群なら(特に有性生殖の場合)、その多くが組み替えやミスによる変異を伴っている。つまり、殆どの遺伝子群は、自己ではなく変異体=同類他者を複製しているのである。もちろん、ごく短期なら、変異していない遺伝子群も存在する。しかし、彼が望むように定義した「自然淘汰の単位として役立つだけの長い世代にわたって続き得る」変異しない遺伝子群などというものは、時間が長くなるほど限りなくゼロに近い確率でしか、存在しない。

第二に、もし彼の望み通りに(現実には殆どあり得ないが)、「変異しない、充分に長い染色体の一片」が存在したとしても、変異しない遺伝子(群)は、進化の誕生とは全く無縁である。云うまでもなく、進化は、全遺伝子群(ゲノム)が変異する=同類他者を作り出すことによってのみ発生する。云い換えれば、全遺伝子の共同体が出来る限り多様な同類他者を作り出すこと(もちろん体内適応という条件を満たして)こそが、全ての進化の源泉なのである。
(補:他に進化を促すものとしては、既に存在する変異体の間に働く淘汰が、進化の第二ステージとして存在する。)


四方勢至

2012年8月25日土曜日

遺伝子の共同体

真っ当な分子生物学者なら、生物の維持と進化の単位(主体)を、一つの細胞内に存在する全DNA(人間の場合、この全DNAの中に約十万の遺伝子が組み込まれている)orゲノムに置くだろう。その根拠は、少なくとも二つある。(補。細胞質遺伝etc.DNA変異によらない、全く別の進化様式が存在することは、間違いないと私は考えていますが、ここでは便宣的にDNA方式に限定して、話を進めます。)

まず第一に、一個の遺伝子が単独に働くことは在り得ない。どの遺伝子も数十、数百、数千の他の遺伝子群と連鎖的に化学反応を起こしてはじめて何らかの働きを持ったアミノ酸や蛋白質を作り出すことが出来る。しかし、そうして作り出された一つの蛋白質だけでは、生命を維持することは出来ない。結局、十万の遺伝子が緊密に連動し、協働してはじめて生物は維持され、進化してゆく。要するに全DNA(ゲノム)とは、まぎれもなく十万もの遺伝子の共同体である。

第二に、ある遺伝子が変異を起こした時、その変異遺伝子は残りの十万の遺伝子群と適応的でなければならない。もし他の遺伝子群と不適応ならば、自然環境etcによって淘汰される以前に、まず細胞内部or個体内部で修復蛋白群をはじめとする組換え系の物質群や蛋白質の致死化学反応あるいは免疫細胞によって体内淘汰されて終うだろう。従って、まず一個の遺伝子が在るのではなく、まず共同体的な遺伝子群があり、その中でのみ、かつ全遺伝子と適応的である場合にのみ、一個の遺伝子は存在し得るのである。(注:体内淘汰されない限りは適応なので、ごくまれに個体にとって有害な遺伝子が存在することも在り得る。)

第一・第二の当然の帰結として、ダーウィン的な自然淘汰は、常に全遺伝子群(ゲノム)に対して働く(正確には、全遺伝子群が作り出す、全形質に対して働く)。それが、全遺伝子の共同体を進化の単位(主体)とする根拠である。

ところで、この様なものとして存在する遺伝子or遺伝子群を、「利己的」などと形容する根拠は全くない。敢えて云えば、「協働的な遺伝子」と形容する方が遥かに適切である。もっとも、そう云った主観的な形容は、科学とは無縁な文学的表現に過ぎず、単に「遺伝子」と呼ぶのが当然の科学的な認識である。「自己」複製子などと云う表現も同様で、単に「複製子」と呼ぶのが、科学的な認識であろう。

ところが、ドーキンスはわざわざ「利己的な遺伝子」という表題をつけ、その中で何百回となく「利己的な」という形容詞をわざわざ付けまくっている。それは一体、何の為なのだろうか?それが、彼のイデオロギーでなければ、良いのだが。


四方勢至

2012年8月23日木曜日

現代人は、電子レンジの中で“殺された”死の食品を食べ続けている①

カレイドスコープ ロシアが電子レンジの使用を禁止した本当の理由http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1251.html
より、以下引用
-------------------------------
去年8月に書かれた「ロシアはなぜ電子レンジの使用を禁じたのか」という記事ですが、今になって、あちこちの情報サイトで取り上げられるようになりました。

やっと、多くのアメリカ人ブロガーが、この記事の情報に価値を見出したようです。

《その原本の記事の翻訳》

なぜロシアは旧ソ連時代に電子レンジの使用を禁止したのか
Why Did Russia Ban The Use Of Microwave Ovens?
by: Zach R  2011年8月18日

今日、消費者は、電子レンジの中で“殺された”死の食品を食べ続けているので、半ば、死につつあります。

消費者は、完全に健康的なローフード(生鮮)の切れ端を手に取り、その上にビタミンやハーブなどの自然薬をまぶしてから電子レンジで温めます。
その場合、栄養のほとんどが破壊されてしまいます。

人間は、この地球上で、食べる前にその食物の栄養価を破壊してしまう唯一の動物です。

人間以外の他のすべての動物は、その自然で加工されていない状態で食物を消費します。
これに反して人間は、実際に食べる前に、わざわざ栄養的に、まったく無益なことをしてしまうのです。

道理で、人間は、この惑星で健康的にはもっともひ弱な動物であるはずです。

ロシアでは、電子レンジの使用について多くの研究が行われた際、健康にネガティブな結果が出たため、1976年に電子レンジの使用が禁止されました。

この禁止は、90年代始めのペレストロイカ後に解かれました。
この話題に関する多数の記事が、ネット上で見つかるはずです。

先進国では、電子レンジが発明されると同時に、多くの人々がそれを使うようになって、肥満が一気に増えました。
電子レンジのおかげで、肥満を促進するような食品を簡単に調理して食べることができるようになったからです。

それだけでなく、食品に含まれている栄養素の多くを破壊してしまうので、肥満になりやすくなってしまったのです。
消費者は、栄養過剰でありながら、栄養失調の状態に置かれる、という奇妙なことが起こったのです。

言い換えれば、消費者は、必要以上のカロリーを摂りながら、体にとって本当に必要な栄養素は充分摂れていないのです。

その結果は、もちろん、私たちの今日の状態をみれば明らかです。
糖尿病、癌、心臓病、うつ病、腎不全、肝臓障害…さらにもっとたくさんの病気。

これらの病気は、すべて、(栄養素のアンバランスによる)栄養不良、有毒な化学物質、加えて、情緒的障害、運動不足も手伝って、これらが複合した結果起こるものです。

電子レンジのマイクロ波は、事実、何もしなくても、自動的に栄養不良を起こします。

また、加工食品をただ食べるだけで、有毒な化学物質に接触することになります。
加工食品は、例外なく、防腐剤、着色料、化学調味料などが加えられて製造されます。

電子レンジを使うということは、技術的な観点から見れば、食品にマイクロ波という放射線を照射する一形態ということになります。

「自分は照射食品は絶対に食べない」と言っている人たちが、電子レンジのマイクロ波に照射されたものを躊躇することなく食べているというのは面白いことです。

【参考】放射線照射食品とは何か

「照射食品」と、「電子レンジで温めた食品」とは、照射される放射線の波長が異なるだけで、本質的には同じものです。

事実、電子レンジは、元はと言いえば「レーダーレンジ(radar ranges)」と呼ばれていました。
今では奇妙に聞こえると思います。

しかし、電子レンジが1970年代の始めの頃、初めて紹介されたときは、「レーダーレンジ(radar ranges)」として誇らしげに宣伝されたのです。

それは、高いエネルギーを食品に当てて、熱く熱するというものでした。

1970年代当時、電子レンジは、ある種の「宇宙時代の奇跡」と見なされていたのです。

おそらく、いつの日にか、食品の栄養価を根本的に変化させることなく、食品を温めることができる食物加熱装置ができるでしょう。
しかし、電磁波を使うという、このやり方なら、私は期待できないのです。

おそらく、現在のところ、食品を熱する方法でもっとも良いのは、カウンタートップ・オーブントースターを使って温め、それも温度をなるべく低く保つことです。

電子レンジは、広告に書かれてあるとおり作動して、あなたが食べるものを温めてくれます。

しかし、熱が作り出されるメカニズムは、ビタミンとファイトニュートリエント(植物栄養素)のデリケートな分子構造に、その内側からダメージを与えます。

反面、ミネラルの大部分は影響を受けません。
電子レンジで調理した食品の中には、調理する前と同じようにマグネシウム、カルシウムや亜鉛などのミネラルを摂ることができます。

しかし、ビタミンB群やフラボノイド、その他の栄養素は、電子レンジによって簡単に破壊されてしまうのです。

電子レンジは、“自分を見失った人々“が使う器具に他なりません。

定期的に電子レンジを使用する人々は、変性疾患になるべく歩き続けているようなものです。
また、肥満と生涯にわたって闘い続けるようなものなのです。

電子レンジを使えば使うほど、あなたの栄養状態は悪化します。

医者に行けば、あちこち病気だと診断され、処方薬のやっかいになることになるでしょうし、他の健康問題を引き起こし、健康の悪化は、渦に翻弄されるように、あなたを奈落の底に引きずり込んでいくのです。

自分をもっと大切にしてください。
電子レンジなど、放り投げてしまうか、チャリティに寄贈してください。

電子レンジを使わないようにするには、身の周りに電子レンジを置かないようにすればいいだけのことです。とても簡単なことです。

(電離レンジを棄てて)キッチンの調理スぺースを整理し、電気を節約するようにすれば、今までの食習慣は劇的に改善されるのです。

何かを加熱する必要がある場合は、トースター・オーブンか、フライパンで温めてください。
もちろん、テフロン加工など、表面に食べ物がこびり付かないように加工されているものが良いです。

もっといいのは、なるべく加工されていない生の素材を使った食事をするように努力することです。
とにかく、最良の栄養を摂ることができるようにしてください。

スムージー・ミキサーを買って、スムージー(新鮮な果物からなる濃い、口あたりがよい飲物)をブレンドしてください。
電子レンジで調理するより、はるかにヘルシーで、しかも早くできます。

私(この英文記事の著者)は、毎朝、スーパーフード・スムージーを飲みます。
ここ数年は、電子レンジを使っていません。

健康を守ることは自己責任です。
食べ物を、どのようにして購入し、あるいは備蓄し消費するかは、すべて自分次第です。

つづく
山上勝義

2012年8月21日火曜日

「科学」は「中立である」はずはない

科学」は「中立である」わけではない。あるはずがない。
科学は、「客観的」というよりは「絶対性」の追求だから。
ということを端的に分かりやすく説明されている記事があったので紹介します。

******************************
中立性と科学者 ~・あなたは原発派なの?脱原発派なの? 社会的存在としての人間・~現状把握研究所http://kakka916.blog110.fc2.com/blog-entry-21.html


みなさん、「客観的」という言葉は、
「絶対的」とは意味が
全く違うということをご存じでしたか?

「客観」の対語は「主観」であるから、
「主観」は自分の立場から見た考えであるなら、
「客観」は相手の立場に立ったらと推し量った上での考え、
なのである。

「客観的」とは、おそらく相手が思っているであろう見方なのである。

だから、科学は客観性に忠実というよりは、
「絶対性」の追求なのである。

絶対の性質を帯びているように思われるものは存在するが、
絶対そのものは人間には知るよしもない。

だから、科学者は多かれ少なかれ「絶対」を騙らざるを得ない面があり、
それを「客観的」という言葉にすり替えてしまったのだ。

「絶対」と「科学」の間にある溝に、
科学者の人生観・社会間・政治的信条が潜り込んでいるのだ。

裁判もそうである。
だから、
裁判も真理の探究というよりは、
社会的なけじめでしかあり得ない。

事実の追求は基本だが、事実とは社会的なものだ。

社会で運用されている法律を司っているのは神ではない。

人間なのだ。

起訴・弁護・判決は、
神の行為ではなく、
人間の行為である。

人間同士が約束した決まりの
確認作業である。


冤罪とは真理を誤ったともいえるが、
社会の現れといった言い方の方がなじむ。



新聞やテレビももちろん同様である。

ジャーナリズムとは、

中立を騙って
いわゆる「客観的で中立的」な報道をすることではなく、
己の良心には従うが、
結果として偏向が生じる姿勢を是認することである。

金や、外国などを淵源とする権力に擦り寄るごとに、
報道内容は恣意的となっていく。

メディアは、
フィルタリング機能やサブリミナル効果
のエキスパートである。




神の法とは、
万物変転の原理であり、
人はその解釈をできるにすぎない。


科学とはそもそも神を探求する宗教的行為であった。
今では人によっては神を真理と呼び、
神の代わりに政治活動や市民運動を探求しながら
「科学」を、科学者は営む。

三池晴与

2012年8月20日月曜日

専門分化による高度化・効率化には大きな限界がある

6/10なんでや劇場で展開された議論の要約です。
> 運動を成功させるには、理論が必要になるし、広宣活動も必要になるし、情報収集も必要になるが、理論を追求するにも、広宣活動を展開するにも、情報を収集するにも、膨大な余力(時間)が必要になる。そして、もちろん、それらの活動は、何れも専任した方が集中できて高度化してゆくので、専任化した方が有利になる。http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=264228

「専門分化した方が高度化する」というのは本当だろうか?

この問題を考える上では、まず集団の分化には2種類あることを押えておかなければならない。一つは、集団の統合のためのタテの『統合分化』、もう一つは、高度化・効率化のためのヨコの『専門分化』であり、この2つは分けて考えなければならない。

この視点で人類史を見てみると、集団分化はまずタテの統合分化、次にヨコの専門分化の順で起こってきたことがわかる。集団を統合する上で、統合者は不可欠であり、従って、タテの統合分化は極限時代から存在する。それが始原人類集団を統合していたシャーマンであり、シャーマンの役割を継承したのが古代の僧侶・宗教家である。次の時代の古代国家の王や官僚も、タテの統合分化上の存在である。なお、王や官僚は私権闘争により獲得された身分でもあるため、この統合分化には集団統合の必要性だけではなく「誰にも渡さない」という権力維持の動因が働いている。

高度化のためのヨコの専門分化は、ルネサンス期の職人や芸術家から本格的に始まった。これは、より質の高いものを求める宮廷需要発である。確かに、農民のつくった茶碗よりプロがつくった茶碗の方がモノが良いのは明らかで、専門分化によって部分的な高度化・効率化が実現されるのは事実である。この宮廷発の高度化・効率化需要を足がかりにして市場が形成され、それを引き継いだ近代市場社会になると、一気に専門分化が進んでゆく。

では、こうして近代以降、専門分化が進んだ結果、どうなったか?
近代科学は、本来、無限の構成要素が連関している自然という対象をわずか数個の断片要素に分解し、研究の前提条件を限定することで専門分化した。断片化された科学知識を応用した技術は目先の生産効率を上昇させたが、近代科学はその帰結として、後戻りできないほどの地球破壊を引き起こしてしまった。
また、際限ない専門分化の結果、現在の学問の停滞に見られるように、今や学問はほとんど無価値なものに成り下がり、科学はまるで進化を停止して終ったかのような惨状を呈している。

おそらく、専門分化には、分化による高度化はほぼ100年程度で飽和してしまう、という追求の限界と、これ以上分化してもむしろ効率が低下する、という細分化の限界がある。従って、専門分化により部分的な高度化・効率化が実現されるのは事実であるが、だからと云って、「トコトン専門分化を進めれば良い」と考えるのは大きな間違いであり、専門分化には大きな限界があることを知らねばならない。

とりわけ、本来「分化」と一体のものとして追求されるべき「統合」を捨象した近代の専門分化は、単なる限界を孕んでいただけではなく、致命的な欠陥を孕んでいたと見るべきだろう。

田中素

2012年8月19日日曜日

電磁波は地震を引き起こすのか?・・・地球内部の加熱メカニズム 1

現在は、地震の発生原理はプレートテクトニクス理論によって解明できているかのような報道ばかりです。しかし、膨大な研究費を使っているにもかかわらず、地震予測に関しては全くといってよいほど成果が出ていません。

そしてこの理論は、

4/17なんでや劇場(2) プレート説では説明できない事象①http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=249941
4/17なんでや劇場(3) プレート説では説明できない事象②http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=249942

のような数多くの矛盾点を説明できていません。

にもかかわらず、膨大な研究費がこの理論だけに投入されているといっても過言ではありあません。そして、プレートテクトニクス以外の可能性のある研究については、『日本の先端地震予知研究はなぜ潰されたのか?http://www.seturi.net/blog/2012/02/001030.html 』 のように、ことごとく潰されてきたという背景があります。

その中でも、熱移送説http://www.seturi.net/blog/2012/03/001040.htmlという地震理論(電磁波の伝達によって地球内部が“電子レンジ状態”になり、熱が移動→地盤内が膨張→地盤が破断(地震)→再溶接→電磁波による熱の移動という仮説)は、現実との比較を行うとかなり整合しており、地震予測に関する論理の一つの有力な候補ではないかと思います。

実際、地震時には、電磁波が通常よりも多く観測されたり、その影響によって上空の電離層に変化が起きたりしてhttp://oka-jp.seesaa.net/article/202402972.html、地震のメカニズムに電磁波が関連していることは間違いないと思われます。

また最近は、国際宇宙ステーションによる、宇宙の渚といわれる大気と宇宙の境目の測定データが豊富に集まり、天候をはじめとした地球上の自然現象が、太陽の活動により飛来する磁気や電子や電磁波などと密接にかかわっていることもわかってきました。

そういう状況では、宇宙から切り離された地球だけを対象とした地震研究(二酸化炭素による地球温暖化仮説も全く同じ)は自ずと限界があることがハッキリわかって来ました。だから、そこを超えるには宇宙との関係で変化する電磁波や地磁気をも対象にいれて考える必要があるのだと思います。

このような状況認識に基づき、地震と電磁波の関係についてもう少し詳しい調査をしていきたいと思います。

本田真吾

2012年8月18日土曜日

科学者・技術者への不信感と原子力学会の欺瞞

3.11震災と福島原発問題から、人々の近代科学者に対する評価が変わって来たように感じます。
今後、学者たちの役割について見直される転換期を迎えたと言えます。

【科学者・技術者への不信感と原子力学会の欺瞞】

Blog vs. Media 時評より
http://blog.dandoweb.com/?eid=145501

東日本大震災と福島原発事故を受けた平成24年版科学技術白書はかなり苦渋に満ちたトーンになっています。メディア報道は科学者・技術者への国民の信頼が揺らいでいると伝えましたが、不信感の段階まで進みつつあると感じます。過去の失敗を認めて挽回すべく率先して努力しているならまだしも、原子力学会は政府や国会の事故調査委が報告を出すこの時期に、これから事故調を立ち上げ、来年末の報告を目指します。それで自己満足以外に何の役に立つのか、科学技術者の社会的な責任はどうしたと国民から思われて当然です。

白書第1章第2節「科学技術政策に問われているもの」に震災前後での国民意識の断絶が現れています。《今回の地震・津波や原子力発電所事故により、科学者や技術者に対する国民の信頼感は低下したと言わざるを得ない。科学技術政策研究所の調査によると、震災前は12~15%の国民が「科学者の話は信頼できる」としていたのに対して、震災後は約6%と半分以下にまで低下している。「どちらかというと信頼できる」を含む肯定的回答の割合を見ても、震災前に76~85%だったものが、震災後は震災前より10ポイント強も低い65%前後で推移している》とあります。次はもう一歩、踏み込んだ設問です。

《震災前は「科学技術の研究開発の方向性は、内容をよく知っている専門家が決めるのがよい」との意見について、「そう思う」と回答した者が59.1%であったのに対して、震災後は19.5%へと1/3程度にまで激減している。「どちらかというとそう思う」を含む肯定的回答の割合を見ても、震災前は78.8%であったのに対して、震災後は45.0%へと大幅に低下している》

震災前の回答ならば、ほぼ専門家に丸投げの意識と見てかまわないと思います。しかし、震災後には肯定派45.0%に対し前は極小だった否定派が半分の22.3%もあります。「どちらともいえない」が29.6%まで増えているので、これでは専門家に判断を委任しているとは到底言えません。

この不信感は地震予知の失敗もあるでしょうが、原発事故対応の底なしの無惨さや放射線被曝影響について出された情報のいい加減さなどが非常に大きく働いたと思います。政府の出す食品や環境の基準を信頼しない市民が多数、存在するようになりました。専門家の否定そのものです。

世界最大級になった福島原発事故を専門領域に抱える日本原子力学会は、3月の定期大会で事故の真剣な究明をしてこなかったと身内から批判を浴びました。アリバイ作りのような取りまとめ作業を専門委で始めたものの、結局は「福島原発:原子力学会が調査委 発生1年3カ月でやっと」(毎日新聞)となりました。

《発生から1年以上たってからの発足について、調査委員長に就任する田中知(さとる)・東京大教授は「遅いとの批判もあろうが、廃炉作業の過程で判明する事実もある。今だからこそ俯瞰(ふかん)的に事故を見つめられる」と説明した》

《東電や政府が公表したデータを活用して》調査とあるので、新しいデータを発掘する気はないようです。それなら専門スタッフが手薄な政府や国会の事故調に全面協力して、専門家の視点で切り込んでいくべきでした。国の事故調が夏場に報告を出し、それに基づく公的措置が採られた後の来年末に報告を出す意義が説明されていません。国の事故調報告を踏襲するのなら意味はありませんし、それを否定する画期的な中身になるのなら「証文の出し遅れ」として、逆に社会的な批判を受けるのではありませんか。どちらのケースも国民からの不信を増幅するだけです。

引用終わり
中村英起

2012年8月17日金曜日

科学者の暴走 「ついに遺伝子組み換え赤ちゃんが生まれてしまいました!」

動植物で市場化されてしまっているGM(遺伝子組み換え)技術は、原理的に人間にも応用できる代物です。それが現実となったようです。

日本や世界や宇宙の動向さんより引用
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51836137.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 世界で初めて遺伝子組み換え人間が創造されたとの発表が昨夜行われました。

 アメリカで数多くの実験を重ねた結果、30人の健康的な遺伝子組み換え赤ちゃんが生まれたことに対し、倫理上の激しい議論が巻き起こりました。30人の赤ちゃんのうち、2人を検査したところ、3人の親の遺伝子が含まれていたことが分りました。また、ニュージャージー州セントバーナバスにあるInstitute for Reproductive Medicine and Science (再生医療・科学インスティチュート)での実験プログラムにより、過去3年間に15人の赤ちゃんが誕生しています。これらの赤ちゃんは、不妊症に悩む女性から生まれてきました。他の女性ドナーの遺伝子を受胎する前に卵子に注入することで妊娠することができました。
2歳の幼児の遺伝子パターンを検査したところ、2人の女性と1人の男性のDNAが受け継がれていました。これらの子供たちには、余分な遺伝子が受け継がれ、それが子供たちの生殖細胞系列に組み込まれたということは、将来、子供たちが親になったときに、彼等の子供たちにそれらが受け継がれるということになります。人間の生殖細胞系列を変えてしまうということは、我々人間の種をいじくりまわして創り変えてしまうことであり、世界の圧倒的多数の科学者達が避けてきた技術です。遺伝子学者達は、いつかはこの手法を使って、強くて高い知能の新人種が創られるのではないかと恐れています。

 Human Reproduction誌にて、ジェイクス・コヘン教授とその研究チームは、「これらの子供たちは、人間の生殖細胞系列を変えて生まれた初めての正常で健康的な子供たちです。」と語っています。この実験を激しく批判する専門家がいます。西ロンドンにあるハマースミス病院のウィンストン卿は、昨日のBBCの番組で、「不妊治療に関して、この技術を取り入れる価値があるという証拠はなにもありません。この段階で、この技術を導入したということに非常に驚いています。このようなことをイギリスで行うことは許されないでしょう。」と述べました。

 胎児保護団体のジョン・スミートン氏は、「不妊問題に苦しむカップルに多くの同情を寄せる人がいたとしても、このような体外受精のやり方では、妊娠するためだけの目的として赤ちゃんが生産ラインで製造する物として扱かわれてしまうようになると思う。」と語っています。また、このことは、人間が間違った道を進む前触れではないかと心配しています。
コヘン教授と彼の研究チームの調査結果では、不妊女性は、卵子の細胞のほんの一部(ミトコンドリア)が正常でないために不妊となってしまっているとのことです。研究チームは、他の女性ドナーから卵子を取り出し、細い注射針で卵子内部に存在する正常なミトコンドリアを吸い上げ、不妊治療を行っている女性の卵子に注入したのです。ミトコンドリアには遺伝子が含まれるため、この治療法により生まれた赤ちゃんは、両方の女性のDNAを受け継ぐことになります。このような遺伝子は、母系の生殖細胞系列で受け継がれていきます。
 
 イギリスの介助出産技術を規定するHuman Fertilisation and Embryology Authority(人間の受精と胎生学局)の報道官は「イギリスではこの技術は認可されません。なぜなら、この技術は生殖細胞系列を変えてしまうことになるからです。」と述べました。コヘン教授は、介助出産技術の境界線を突き破った非常に優秀な科学者ですが、また物議を醸しだす科学者でもあります。彼の研究は、男性の精子からDNAを取り出し、卵子に直接注入する方法で不妊症男性でも子供を作れる技術を開発しました。コヘン教授は、「この技術が開発される前は不妊女性のみが体外受精で妊娠できたのです。私の専門技術を使えば、クローン人間の子どもを創ることもできます。」と述べています。このことは主流の科学界では、恐怖の戦慄として考えられています。コヘン博士は、「私の教え子の一人は、ごく簡単にクローン人間を創れます。少なくとも3人の教え子はクローン人間の子供を作りたいと言っていましたが、それは拒否しました。」と述べました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 自然の摂理(生命進化の遺伝子コード)を、都合のいいように改ざんする。という根源的な問題を孕んでいると思います。
だるま